私が所属する奈良県農業研究開発センターは農業関係の公設試験研究機関になります。都道府県ごとにこのような機関が設置されており、地域農業の発展と課題解決のために栽培技術の改良や地域特産物の育種、流通技術、害虫対策など、そして植物病理に関連する試験研究が実施されています。いずれの分野でも生産現場での課題解決に直結する応用研究が中心であり、得られた技術や情報を生産現場へ還元することを重要視しています。ここでは植物病理担当が携わっている業務について紹介します。

「防除技術の開発」

植物病理の研究では、実際に生産者が使える防除技術の開発を行っています。研究自体が目的にならないよう、試験研究が手段であることを意識しています。

多くの病害ではこれまでの知見の積み重ねにより作られた防除体系が存在します。しかし、気象条件や栽培体系の変化、殺菌剤に対する耐性菌の発生、主要病害種の遷移などの要因により、その改良が求められます。対象は県内の主要な作物種であり、防除の安定化と効率化を目指して取り組んでおり、その事例を紹介します。

トマト葉かび病:殺菌剤に対する耐性菌の発生状況を調査し、有効な薬剤を提示した (Asano et al. 2024)
図1. トマト葉かび病に感染すると葉裏に特徴的なオリーブ色のかびが見られます。耐性菌の発生状況を殺菌剤を添加した培地での生育の有無で調査します。
イチゴうどんこ病:微生物農薬の効果を評価し、実用的な利用場面を特定した (Asano et al. 2025)
図2. イチゴうどんこ病は、果実や葉に白色の粉状のかびを生じます。微生物農薬の効果を確認するために圃場で病原菌の接種と殺菌剤の散布を行います。
3.ダリア矮化病:原因不明の矮化症状の原因が、ウイロイド感染が原因であることを明らかにし、対策を構築した (Asano et al. 2022)
図3. ダリアにキク矮化ウイロイドを接種することで、病原性を確認しました。

「診断業務」

試験研究に加えて、現場対応として診断業務も行っています。診断では、生産圃場で発生した生育異常の原因を明らかにし、対策を提案します。

症状から病名を絞り込み、顕微鏡で形態を観察し病原体種を明らかにする流れが王道ですが、求められるのは病害診断のみではありません。実際には病害ではないことを確認し、その原因と対策を提示することが多くあります。形態による種の同定、分離培養、PCR、シーケンス解析といった植物病理学の基本的な技術は必要ですが、それ以上に栽培体系、要素欠乏、虫害、生理障害、農薬といった農産物の生産に関する広い知識が重要になります。ベテラン生産者や普及指導員が判断に迷う案件の相談を受けることを考えると当然かもしれません。

「病害虫発生予察業務」

県内全域の生産圃場における病害虫の発生状況を定期的に調査し、これらのデータをもとに主要農作物を対象とした病害虫の発生予報を発表しています。

発生が例年より多くなることが予想される際には、病害虫発生予察注意報といった形で生産者や指導機関に情報提供を行います。このような情報は広い範囲に行き渡るため、地域全体での対策を要する場合に有効となります。記載する内容には病害虫の発生予測だけでなく、その対策が含まれており、根拠がある効果の高い手法を提示するよう心がけています。

「情報発信」

研究で得られた情報・知見を説得力のある形で伝え、記録として残すためには論文化が有効です。一方で生産者には講習会やホームページを通じて情報提供することで、栽培体系に導入してもらえるように働きかけます。その際には、要約版の資料やマニュアルにまとめ直すことで、生産者の判断基準となるように分かりやすく示すようにしています。

高校生、大学生に向けて

都道府県の公設試験場で得られた研究成果は生産現場に導入されており、植物病理学が実践的に活用されています。研究員には、研究手法を使いこなすことに加えて課題を見つけ出すことが求められます。さらに、成果を論文としてまとめるだけでなく、わかりやすく生産者に伝えるコミュニケーション能力も欠かせません。

働く場所は、研究圃場、実験室、デスク、現地圃場と多岐にわたります。産地の動向を感じながら、自ら栽培し、病害の発生状況に触れることができるため、日々新たな発見があります。農学や植物病理学を学んだ人にとって、都道府県の公設試験場は地域に根差しながら社会に貢献できる進路のひとつです。

プロフィール(掲載時現在)

浅野 峻介@オラクルパーク

奈良県農業研究開発センター 環境科 主任研究員

2013年より日本植物病理学会会員

奈良県農業研究開発センターHP:https://www.pref.nara.jp/1761.htm